光冨幾耶詩集「惑星」から

光冨幾耶詩集「惑星」(オオカミ編集室)

ひとはひとが滅びるのを

光冨幾耶

ひとはひとが滅びるのをただ待っているように

誰もがわたくしたちに近づかない白日にて
ただ滅びるのを待っているかのように
静かに唇だけをうごかしている

「ああ、太陽はこんなに白く美しいのか あたりに霧はないのに
光でつつまれてあたりがかすみ やせて背が燃えている

「そう、わたくしたちは孤立して、息絶えるのを
ひとたちはただその絶えるときを待つように
沈黙してみなで見ている

ひとはひとがただ滅びるのを美しく感じ悦ぶように
まだしばらく生き延びられるひとたちが
とても親しく知っているかに語りたがるように

刀を振り回すその先に当たるものはなく
遠巻きの無言の群れに 押しつぶされていく

ひとりひとりは微笑み、そしてすぐに無表情になり
折れて倒れたひとをひきずって穴に放り込み
水をかけて浄霊とする
恨まれるのは面倒だから
すべては終わってしまえと なかったことにしてしまえと
「生者」の数字がひとつだけ消され
「死者」の数字がひとつだけ加えられる

「生きることはすばらしい
そう確信して笑顔をうかべる
まだ温もりがさまないその顔に土をかけていく

「もう限界だよとつぶやく者を どこまでも歩かせ
もう傷つくのは嫌だという顔の傷に
刃先で傷をなぞって

「あのひとはいいひとだからと
そのひとの上着をうばい
「このひとはやさしいひとだからと
そのひとの靴を盗み
「このひとにお世話になったからと
背をけとばして穴に落とし
この地上は生きている亡者と
死んでいる生者で
数千の歴史に、数兆の人にあふれかえり

ひとはひとが滅びるのを楽しむように

地上は「楽園」そのものとなり
地上という沼地に浄土の華が咲く

ひとがひとを滅びるのを待つように
わたくしたちは ただひとりずつ
この地上に刃をかざして生まれ落ち
そして刃を握り締めたまま朽ちていく
地上を赤く染めているのは、夕日ではなく
振り下ろすのは 父の背か 母の首か

ひとはひとが滅びるときにただ祈りを捧げる
幾億もののひとたちの願いが
天にまで届き 陽を燃え上がらせる

(ああ、菩薩はただただ涙をながし そして微笑んでいてくれるのか
 このどうしようもないわたくしたちのために
 


月にうつるひとかげ

(どうしたことか この世は生きるか死ぬかだから

衣の裾にかかり
宝石箱をひっくり返したような夜の都を
そのまま逆さにして
膝の上に手をのばし
観音は水面に映る月を眺めている

水鏡にうつる下界のひとの世は
あさましささえ 愛おしく そして哀れに

(ひとはひとのよにひととしてうまれ
ひとはひとのうえにひとのしたにひとであることをわすれ
ひとはつみのうえにつみをかさねそのおもさにしずみ
のたうつおのれのぼんのうにもえるのはおのれじしんのそのすがたに

月にうつるひとかげをそっと手ですくう
掌からにげていく金魚のように
はしからこぼれおちていく
痕跡さえのこさずに
ぬくもりさえもしだいにさめていってしまう

あなたはあなたが受けた傷をわかってもらおうと
訴えつづけ
ほんとうは ほんとうは ほんとうは

本日はどの菩薩や明王の真言を唱えようか
観音であれば
(おん あろりきゃ そわか

地獄で菩薩に会うとはこのことか
地獄の底をのぞきこむと そこには天の鏡が置かれていた
(おん かかか びさんまえい そわか

月下の観音の艶やかさに
そしてわたくしはnamidaした
ひとは生まれてきてすぐに苦しみとともに死に向かうのだから
わたしのためにすべてをうしなったあなたを弔う
三日月が、さしだしたわたくしの首に振り下ろされる

(なむあみだぶつ なむあみだぶつ なむあみだぶつ

 あ・なたの・・こと・を偲・びなが・ら
 


光る砂

わたしの手もとにある光る砂は
みながほしがっているからわけていったら
なにもなくなってしまい
もうわけるものがないと笑むと
みなはどこかへいってしまった
あの光る砂はどこにいったのか 
ずいぶんあちらこちらにでかけ
一つひとつひろってきてはあつめてきたのに

わたしはまた一人になって
あたらしい光る石をさがす
光る砂がもうみつからなければ
こんどは光る石をあつめればよい
光る石がなくなればこんどは光る水をさがせばよい
光る水がなくなれば光る空気をさがせばよい
そうしてわたしの手のひらから
すべてがうしなわれたとき
みなが光るさまがせかいの光るさまとなり
わたしのうつむきがみなの歓びとなる

わたしがわたしを忘れてしまうとき
そのいくつもの光は凍えるやみにうかぶ
大きな湖となり
がらんどうの空を映し
かさねてくらい海を照らし返す

すべてをたたえるその惑星の
このひかり あふれるさまに
欠けた指さきで
わたしたちは光る砂をすくいつづけている